明日も無色

新社会人が世の中の気になることを書くブログ

【いつも半分以下を生きていく】僕の選択はやっぱり失敗だったみたい。

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Photo by supardi sinaga on Unsplash

 

こんにちは、青色申告です。

 

今日は僕の選択が失敗だったみたいという話を書こうと思います。

 

【目次】

 

事の発端

事の発端は、先日会社の人に呼び出されて

 

君が何をしたいのか教えてくれ

 

そういったことでした。

 

僕にはあまりにも興味を持つ時間が短く、情熱を持ってことに当たることができる時間も限られていて、いつの間にか興味を失っていく人間でした。

 

きっとなんにでもなれるんだ

きっと何でもできるんだ

 

そうやって生きてきました。

 

きっと

きっと

きっと

 

その言葉を発しながら、生きてきました。いや、生きていればなにか変わるに違いないと思ってきました。

 

いつも49点

それは約半分はあっていました。いわゆる勉強はできる方だったので、大体の物事はすぐ身につけることができました。大体49%までは情熱を持って、興味を持ち続けることができました。

 

でも50%を超えていくあたりになると、体力と興味が消え失せていきます。客観的に見てもわかりやすいくらいに興味が失せていきます。

 

そうなると、評価も下がっていき、冒頭のような言葉を言われるのです。

 

いわゆる、器用貧乏だったのです。

 

君は何がしたいのか

 

そう言われてしまうのです。

 

なぜすぐ燃え尽きてしまうのか

きっと僕の人生プランはなにかのスペシャリストになりたいというわけではないようです。

 

何かを人生をかけてできるようになる。

 

80%90%を追いかけていく。

 

それしかできない人間になっていく。僕はそれが怖いのかもしれません。

 

日本では、手に職をつけて、スペシャルな人間ほど価値があると思われています。いや、それも正確ではないかもしれません。僕が実はそんなスペシャルな人間に憧れているからそう思ってしまうのかもしれません。

 

なにか血反吐を吐いてまで追いかける

 

それを仕事でやる。いや誰かに給料をもらいながらやる。そういったことが明確にイメージなんてできないのです。

 

ただ僕はイメージなんてできないんです。

 

血反吐を吐きながら、心や体を壊しながらやる仕事が美徳なのでしょうか

Yahoo電車遅延速報で「人身事故」と出てくるたびに、また誰かが飛び込んだろうかと思うのが普通な日常が正解なのでしょうか。

 

きっとそう思うことも不正解なのでしょう。

 

僕が僕であることで有ることがすでに失敗の始まり

今まで、勉強ができたというだけで、僕は僕であることが正解のように感じてきて、それを肯定して生きてきました。

 

道徳や論理や倫理や法律に則って正解の道を考える

 

そう思うことがすでに失敗の始まりでした。

 

日本で生きていくには、体感46%の不正を伴って生きていく他ありません。それが高給のレベルになればなるほどその度合は上回るでしょう。

 

部下の体調を壊すレベルの仕事量を認識しても仕事を回していかないといけない

取引先の利益的な提案よりも不利益になる提案をせざるを得ない

 

本当はこうしたほうがいいのにと思っていたことも、いつの間にかそう思うことすらも自分が生きていくには不利益になってしまう。

 

そう行った構造を不満に思っても仕方がないことなのでしょう。

本当は自分が変えなければならないのに、誰かが変えればいいじゃんと思って逃避する。

 

そういう日常なのでしょう。

 

最後に

 

きっと僕はいわゆる過真面目なのでしょう。

 

それはとても生きにくい将来しか見えてきませんでした。多分、正解ではない道しか行かないことでしょう。順当なキャリアとか順調なステップとか全然歩める気がしません。

 

だってそれに魅力を感じない。

 

きっと僕がなりたい人間というのは、そうしたスペシャルな人間ではないし、そうした正式な人間ではないのでしょう。

 

ただ、いろんな職業の現場を見て、知って伝えていくような人間になりたいのかもしれません。

 

ただ、はたらく人すべてではなくて、出来損ないの働くひとの側にいられるような人間になりたいのかもしれません。

 

能力があるスペシャルで傲慢で有能な人間には興味が無いのかもしれません。

 

ああ、やっぱり、将来は豊かではなさそうだなと透視できました。

 

でも、それが僕の進む道で、進むしかない現実なのような気がしました。

 

君には何ができるの

君はないがしたいの

 

まだできることはありました。

 

誰にもかけない絵がかける

あらゆる情報を一括で処理できる

考える力、突発的な適応力がある

 

順当なキャリアじゃない道はきっと褒められないでしょう。

 

でもそれしかないんだと行きていこうと思いました。

 

まだできることはあるし、

 

それしかできないものがない代りに

何でもできるぞという思考だけを育ててきたから。

 

 

そうした僕なりの道をこれからも書いていこうと思います。

きっと成功体験は少ないでしょう。

でもそうした日常を書いていこうと思います。

 

以上です。