明日も無色

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ゲームや就活など幅広く思ったことをまとめるブログ

【なぜ人は結婚しなくなったのか】猫や犬を飼ったら終わりなわけないじゃない

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 こんにちは、青色申告です。

 

そんな重要なことじゃないけど、今回は猫と結婚について書こうと思います。

※途中で論法が崩れますが、思考の流れをそのまま書きます。いつも下書き無しでそのまま書いています。僕的には最後だけが言いたいことでした。

 

【目次】

 

猫を飼ったら終わり!

 

猫を飼いたいなー

うーん

でも、結婚できなくなっちゃうしなあ

 

って言葉を聞いたことがありませんか。よく聞きますよね。

 

あれは嘘です。結婚と猫は関係ありません。猫が寂しさを埋めてしまうから、一生の伴侶は不要だ!もう一人で生きていける!と思ってしまう自分が生まれるのが怖いのかもしれませんが、安心してください。

 

猫を飼おうが飼わなかろうが、結局一人なわけです。

 

それなら、思い立った瞬間に里親などの制度も調べ始める方が、余程充実した現実の始まりを迎えることができると思います。

 

人が結婚しなくなった理由

最近だと、個で生計を立てている人も多いと思います。家族という形態でなくても生きていけるようになってきたのです。

 

でもそんなことを僕は言いたいのではなくて、なぜSNSやインターネットを介したコミュニケーションでいつでも誰かとつながることができるようになったのに、人がますます「個」になっていくかなのです。

 

それは多くの人が望んでいることではありません。いつだって、寂しくてリア充に憧れて、でもできなくて、ただエンターテインメントにおぼれて時間を消費していくのです。できれば、両親、先代のように家族というものの中にいたい。でもできない。できないぞ。こんなにアカウント持ってるのに!って思っている人も多いはずです。

 

また、友達ができにくくなったということもよく聞きます。子供のころはあんなに友達が多かったのに!って。

 

ひっくるめて結論から言うと、僕たちは友達なんていなかったし、誰かと一緒に歩幅を合わせて生きるという環境ではなかったのでしょう。

 

友達はたくさんいましたか?

まず友達について書きましょう。友達。幼稚園の頃、小学生の頃はあんなに友達がいて、すぐできたのに、社会人は仕事が忙しくて友達なんてできない!っていう議論ですが、子供の頃の「友達」と社会人のいう「友達」って意味が違いますよね。

 

子供の友達:一緒に遊ぶ人間

社会人の友達:信頼できる人間

 

そういった意味で使われている気がします。子供の頃は友達に信頼性なんてどうでも良くて、同じような年というだけでOKでした。しかし、頭が腐ってきた社会人になると、あらゆるメガネをかけて人を見るようになってしまったので、「信頼できる」友人なんてそう簡単にできるはずがないのです。

 

フェイスブックで友達何百人いる人も、親友カテゴリに入れているのはそのうち10人以下くらいじゃないでしょうか。そうやって、昔に「友達」を今の「友達」に変換すると限りなくすくなってきてしまうのです。

 

それで考えると、友達なんてSNSがあっても意味もなくできないのは必然で、かなりの量の人に合わないと友人に昇格することは難しくなってきています。

 

SNSでこんなに友達がいるのに!出会いがあるのに!

SNSで見知らぬ誰かに会うことができるようになりました。これはインターネット前ではありえないことです。常に身近のコミュニティで結婚していたのが、これによって、遠いコミュニティの人にアクセスできるようになって、更には結婚までできるようになったのですから。理論上は。

 

でも付き合いはするけど、すぐ別れちゃう。なんか違う。って言うことが多いように思います。少なくともこれによって結婚率が上がったようには感じません。街コンとか婚活パーティーはこんなにも盛況なのに。

 

結婚率は上がりません。

 

そもそもSNS等は結婚にはなりません。あれはただのコミュニケーションツールに過ぎません。ニュースと同じです。ただ発信者が個人になっただけです。大枠で言えば、直接近所の人と会うような感覚にはなりえず、あくまでも遠い人に過ぎないのが現状です。

 

てかこう考えると、今では近所の人とかいう関係も崩壊してるし、上下社会もなくなって、コミュニティってものを拒絶して、自分の思い通りが当たり前、ストレスが無いのが当たり前になってきているような気がします。

 

なんとなくつながっていたいから、飯テロ動画見て、猫の動画見て癒やされたい。でも癒やされない。誰か許嫁がいればいいのに、誰かも知らんやつと一緒に生活とかめんどい。

 

ああ、もうめんどい。

 

そうした意見が多ように思います。

 

めんどい

めんどい。これが今の日本にあふれる感情です。めんどい、めんどいから、私生活もめんどくさい。何もかもめんどくさいから、アニメ見てYouTube見てればいいかとなってしまうのです。

 

仕事もめんどくさいことばっかりで、やってられるか状態が多すぎます。時間もない、金もない、機会もない、歩幅合わせている余裕もない。

 

言い訳するなと言われても、これが事実なので結婚なんてしている状況もパートナーを見つけている暇も余裕もないのです。

 

そうなれば、いつの間にか50歳くらいになって終活のススメとか勉強し始めて、合葬とか勉強して心安らかに終わるだけのシュミレーションくらいはしておきましょう。めんどくさいの末路はちゃんとめんどくさくならないようにしておくほうがおすすめです。

 

結婚は正解ですか?

って考えるんですけど。てか結婚制度が限界な気もしてきました。もはや結婚制度が古すぎて、結婚じゃないけど一緒にいたいとか、結婚じゃないけど子供が欲しいとか多様な発想が生まれてきているせいなのかもしれません。

 

もちろん何が結婚率を下げているかなんて一つに決めることもできません。きっと多くの理由が2つ3つくっついて来ているのでしょう。

 

でも多くの人がなんとなく「結婚はしたいな」と思っているはずなのです。それが正解のような、生物学的に、社会的に、人間的に、成人的に、正解なような気がするじゃないですか。実際正解なんですよ。現状では結婚するのが正解なんです。それ以外の選択は「個人の自由だー!フリーダーム!」とか言うじゃないですか。全然自由じゃないですよ。今の現状ではそこまでの暗黙の自由や権利は持っていません。暗黙の正解は「結婚」なんです。そんな空気を誰も解説なんてしないけど、フェイスブックみたらわかるじゃないですか。自慢できるイコール正解なんですよ。

 

いつもは全然更新しないのに、自慢できることがあったら更新する。これが暗黙を知るコツなのかもしれません。

 

でもさ、そんな事知っても結婚なんてできないじゃない?

そうなんですよ。パートナーもいなければ、出会いもない。いや、マジでないんですけど??てかマジでないんですけど??っていう人もたくさんいるじゃないですか。こんないい人でも、あんないい人でも、いい人なのにたくさんいるじゃないですか。

 

そうなんですよ。あんなにツールがあるのに全然だめじゃないですか。で、そんな中毎日うんざりする仕事して、かえって、フェイスブック見て、ログアウトしてYouTube見て終わるわけじゃないですか。

 

そして、なんか責められて、無言の圧力を感じて、いつの間にか失望されて、正解じゃなくなって行くじゃないですか。

 

でも、仕方ないじゃないですか。自分のせいですか、環境のせいですか、なんのせいなんですか?なにか一つのせいになんてできないじゃないですか。結婚できないっていう事実だけじゃないですか。

 

だからね、もう猫や動物と生活していいんじゃないかなって思うんです。そしたら、心も豊かになって、猫みたいに可愛くなって魅力的な人になっていくじゃないですか。そっちの方が健康にも心にもいいじゃないですか。

 

だからね、飼ってもいいよって話でした。