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【勉強ができた子供のその後】「子供の勉強ができない、対処法」で調べる前に知っておいてほしいこと

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こんにちは、青色申告です。

 

今回は僕が親で子供がいたらどんなこと検索するかなと思ってイメージしたやつを、実際に検索して感じたことを書こうと思います。

 

【目次】

 

子供の勉強ができないで検索してませんか?

僕は、勉強はできました。それは以前にも書いたので省略します。

 

 

www.ashitamomusyoku777.com

 

 

今の親も昔の親も「子供の勉強ができないこと」を悩みます。それはなぜでしょうか。僕が思うに、それは自分が子供時代に勉強ができなかったからではないでしょうか。

 

それがいま親になってみると勉強ができなかったことによる弊害がたくさん出てきて、後悔しているから子供には先輩面して「勉強しなさい!!」と怒っているのではありませんか?

 

子供の勉強ができない場合の【対処法】を見て思うこと

matome.naver.jp

 

検索してすぐ出てきたのでこれについて書きましょうか。ちなみに僕はここに書かれている習慣はすべて身についていました。なぜなら、成績をとるにあたってすべて必要だからです。必然的にこういった習慣が身に付きます。僕の場合は、勉強で成績をとることが至上命令だったからです。一種の強迫観念のようなもので、悪い成績をとることは存在の否定にもつながるので必死でした。その結果、当初クラスで中の中くらいだった成績を塾に行くこともなく全国2桁まで行きました。

 

しかし、こうした習慣を目的も理由もなく、もし親が「音楽聞きながら勉強するな」とかいつもは指摘しないのに「ノートの取り方が悪い」とか言い始めたとしたらその子供のメンタルはガラガラと崩れて死滅するのでやめておいたほうがいいでしょう。すべてには理由と目的と必然性が必要です。もちろん優秀な大人である親ならそれくらいわかって親として教育しているのでしょうから心配はしていません。

 

こうして習慣を身に着けて、よい成績をとり続けた将来

 

子供の成績が良ければ、きっといい将来が待っている!!

 

そんなことを考えるのは、きっと勉強ができなかった人の妄想だと思います。成績が良ければ公務員になって、安い大学にも入れて、苦労もしなくて済む。

 

それは正解でもあり不正解です。

 

人は勉強をしすぎると、性格や人格が本当に合理性や論理性に傾倒していきます。つまり優しい人格がねじれ曲がってどんどんマイナス気味な思考になっていくのです。子供のころはあんなに明るかったのに、今では部屋からも出てこない。

 

そんなゆとり世代が大人になっていきます。理由は、安定至上主義で勉強をしてくれば、一人でいる時間と友達になってしまうからです。家族といる必然性がなくなってくるのです。

 

これを読んだ人はいやいや、うちの子供に限ってそんな風にはならないはずだ!と思います。もちろんそうですよね。でも、現実に存在します。間違いなく可能性は0ではなく、50%くらいはあるんじゃないかと思っています。

 

塾に行かせれば安心

 

マジかよ。って思います。はっきり言うと塾に行っている子供で優秀な奴なんて見たことがありません。僕の周りには一流な人がたくさんいましたが、いつも近所の公民館とか図書館、電車の中、学校の図書館で買ってきたテキストだけやっていました。成績をとり続けるにあたって「塾」というのが不要すぎるのです。それより自習室だけでも契約したほうがj効率的です。

 

ちなみに塾の先生について考えると、塾先生のレベルはピンキリで、おそらく60%ぐらいの先生はクラスで中の中くらいの成績しかとったことはないでしょう。僕の経験則ですが。それより、TEDでも見てみたら?といったほうがはるかに「効果」があると思います。

 

その効果の意味は、成績ではない人間としての質を上げるということです。

 

日本語字幕もあって、無料の動画サイトです。

www.ted.com

 

うちの子供がマジでバカなんだが

それでは、「うちの子供がマジでやばいくらいにバカ!」っていう場合はどうでしょうか。それは自分が作り上げた家族環境にも原因があるとは思いますが、まず考えるべきは「成績」をとることではないと思います。

 

僕のクラスメイトにもマジでバカってのがたくさんいました。でも僕は彼らと話しているときが一番楽しかったのを覚えています。話も全然論理的でもなく、とても世俗的な話題しか出てこない。

 

でもとても一緒にいて楽しかったのです。僕にとってそういった人というのが社会に出てから間違いなく需要があると思っているのです。時代は常に変わっています。成績が取れて、ただ言われたことを100%できる時代は終わりつつあります。というかそもそも、そうしたことをする仕事に心も体も限界にきているのです。僕が大企業で営業をしていた時に一番活躍していた人は誰だと思いますか?

 

めちゃくちゃバカ

 

そんな人ばかりだったんです。彼らは優秀な人を集めることができます。なぜなら話をしていて楽しくて、ストレスがないからです。そうした人が結局人間的にもいい心の環境を保てると思います。(勉強しすぎた結果、そういう人はマイナス思考で結婚もせず、所得を使う場所もわからず、一人で寝て起きてユーチューブ。もう生きてるというより、生きるための目的が終了したという感じになります。)

 

重要:「なぜ勉強させたいのか」ではない

子供が勉強ができない、なぜ勉強させたいのかとか考えていてはだめです。

 

なぜ勉強させたいのかなんてわかってますよね?

 

見栄

 

それだけですよ。勉強ができる子供はいつでも自慢できる。自分はバカにされていきたけど、子供が勉強できれば昔の自分を救うことができるなんて考えは無駄としか言いようがありません。非生産的です。

 

なぜ無駄なのか。バカにしているのか?!と怒らないでください。僕は何よりも重要なのは「今の子供を救うこと」なのです。

 

子供にどんな人生を歩ませたいか

 

それを何よりも考えるべき事項として考えていて、それ以外はすべて無駄だからこういったのです。

 

もし、子供をただの道具のように考えて、塾に行かせて、ゲームのようにボスを倒すんだという思考なら僕はもう何も言いませんが、きっと多くの人が子供には

 

「こんな優しい子に」

「笑顔がかわいい子に」

「こんな正義を守れる子に」

「多くに人を助けてくれるような子に」

 

そう願って、名前を付けてきたはずです。それがいつの間にか子供が生意気にになってくるとすべてテンプレになって、子供が自分の子供ではなく、世間の子供として映るようになってしまうのです。それなら、「成績百点」なんて名前を付けてあげるべきだったんです。そのほうがその子のアイデンティティの存続にも役立ったでしょう。

 

話が脱線しました。何よりも重要なのは学校の勉強や成績というのは「必然的基礎」ではないということです。自分の子供のどこがいいところなのか、どこに熱中しやすいのかを何よりも見てあげることが大事なのです。

 

日本人は「貶しあう」「調和」「謙遜」になれてしまいました。何よりも「欠点」にフォーカスしてプラマイゼロにしようとします。そんな思考だからいつまでたってもセツナレンサしてくんですよ。

 

youtu.be

 

例えばその子供に友達が多ければ、素敵なので遊ばせてもいいと思います。勉強そっちのけの場合は勉強の楽しさや魅力を自分でまず知ってから言いましょう子供は親以上のことなんてそうそうできないんですから

 

ゲームが好き、ダンスが好き、走るのが好き

 

みんなたくさんいいところがあるのに、大人になるとなにもかも忘れて

 

「やりたいことなんてない」

 

これになってしまうんです。そうなる前に特徴を拾い上げてください。もし勉強ができなくても僕はその特徴や個性がテストよりも大事で、それが将来的な家族関係の良好さにも貢献すると考えます。

 

以上思ったことでした。

 

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