明日も無色

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【無職の就活】何者にもなれるはずだった、何者にもなれなかった

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こんにちは、青色申告です。

 

今回は、何者にもなれなかったお話を書きます。

 

【目次】

 

何者にもなれるはずでした

思えば、ゆとり教育の中で僕は将来のことをあまり考えていませんでした。ただ、勉強をしていれば道が切り開かれていくはずだと思っていました。スポーツも芸術もそこそこで、思考能力もそこそこあるはずでした。そこそこの人生が待っているはずだとぼんやりと考えて生きてきました。

 

あらゆる妄想世界が脳内で広がって、小説の結末も、例えば動画の展開も、果てには動画内の色の移り変わりさえも予想ができるようになりました。今後の社会の需要も、未来もある程度予想ができるようになりました。きっと世間が求めていた自分で考えることができる人間には誰よりもなれたはずでした。

 

そんな脳みそを持っていればどこにでも、誰にでもなれるはずでした。でも、思いました。それすらも妄想だったんだなと。

 

面接

無職の就活は面接から始まります。僕は言葉をうまく使えるはずだと思っていましたが、実際はかなりへたくそでした。

 

あなたの将来のキャリアプランは何ですか

あなたはどうして転職しようと思ったのですか

 

僕は答えました。

 

僕はもっと成長がしたい。自分が個人の力を持っていなければ何もできないから。

僕はこの国の働き方を変えたい。ストレスの対価なんて悲しすぎるから。

僕はこんな職業を目指している。それはこんな事業を立ち上げたいから。

 

すべて妄想でした。いや妄想ではないかもしれません。実際に思っていることではありますが、それに対して僕は本気で考えているのか疑問に思うようになりました。なぜなら、えらい面接官に鼻で笑われてしまうからです。

 

あれ?矛盾してない?はい減点!

あれ?子供っぽくない?ハイ減点!

あれ?職歴短くない?ハイ減点!

あれ?言葉が論理的じゃなくない?ハイ減点!

 

僕の持ち点は0になって電車賃で財布も0になりました。

 

何者にもなれなかった

僕にはあらゆる正解が見えるはずでした。面接での答えも見つかるはずでした。しかし、僕が見つけた面接での答えは作られた答えでした。

 

僕はチームで仕事とか世の中にインパクトを起こすとか、起業したいとか学者になりたいとか、セールス極めたいとか、そんな面接官にわかりやすいワードで伝えられる人間ではありませんでした。ただ、お客様の味方になれるような営業になりたかっただけでした。ただ、本当にいいものと悪いものを地道に伝えることができるような営業になりたいだけでした。しかし、その言葉は偉い面接官には響きません。もっとクリエイティブなワードを使わないとクリエイティブな面接官には響かないのです。もっと野望にあふれ、成果を出し、三段論法で話せる話題が必要だったのです。

 

しかし僕にはそんなものはありません。もちろん言い方次第なのでかっこよく言うことはできますし、きっとクリエイティブな職歴をお持ちの方はきっとできるでしょう。しかし、僕にはできませんでした。

 

なぜなら、その言葉は真実ではないからです。その言葉は真実ではありませんでした。僕が本当に思ったことはそんなかっこいい言葉ではありません。僕がいつも思っていたのは

 

なんとなく

 

それだけでした。なんとなくお客さんから問い合わせが来たら、すぐ脳内で見積もり算出し、メーカーの状況や市況データを脳内で洗い出して、お客様にその場で相談し、一緒になって製品を供給するというミッションをこなしていただけでした。この言葉をかっこよくいいかえることは僕にはできなくて、ただ、お客さんもメーカーも喜んでほしかったし、僕も喜びたかったからという子供チックな言葉しか使うことができませんでした。

 

そんな面接の日々を幾度と繰り返してきました。いつもああ、いま減点されたわと思い毎日家路につきます。人生で100社以上は受けているはずですが、僕の人生は内定1つだけです。このこともすごい減点されます。ああ、こいつは他社からも必要な人間ではないのだなと。

 

何者かになりたかった

僕は何者かになりたかったはずでした。しかし、僕は考え続けたことで世間的なあらゆることがおかしいと思うようになって、逆に使い物にならないポンコツになってしましました。例えば部下がいつでもあれはおかしい、これはおかしい直しましょう!といったらきっと大半の大人は論理づくめで押しつぶすのでしょう。それは数多くの人に会って、聞いてそう思いました。僕がここで言いたいのは世間の批判ではありません。よく面接で逆切れされることもありますが、僕はああ、またなのかと悲しくなります。

 

過保護のカホコではこんな言葉がありました。

 

一生懸命にやり切ることができるじゃダメなのか

 

知恵袋にはこんな言葉がありました。

大学ではバイトやサークルを真面目にやってきました。
ちょっと頭は悪いかもしれないですが一生懸命生きてきたつもりです。

 

(中略) 

 

就活を通して気付きました。私は何も出来ない人間です。
可愛くないし、知識もないし、技術もない。なんであんなに自信があったのか分かりません。
何にも出来ない癖に一墸前に正社員になろうとしてたこと自体が無駄だったんだと思います。

そこで質問です。
就活を諦めてしまったら人生詰みますか。

 

自分が世間的な正解の何者にもなれなかった場合人生は詰んでしまうのでしょうか。僕はそんなはずあっていいわけないじゃないと思っています。何かを一生懸命にやっているだけでそれは素晴らしいことじゃないですか?スマートにできなくても、クリエイティブに活動できなくてもはるかに素晴らしいことじゃないですか?一生懸命に伝えるだけで減点ですか?おかしくないですか?僕はそう思っているんですよ。きっとね、これを読んだ世間の立派なキャリアを持っている気でいる人はね、「言葉の伝え方次第だよ」とかいうに決まってるんですよ。何もかもきまってるんですよ。いうんじゃない。助けてくださいよ。クリエイティブにスマートにさらっと助けて見せてくださいよ。その高名で優秀なキャリアとやらで。

 

最後に

僕はブロガーにも、クリエイターにも公務員にもサラリーマンにもまだなれそうにもありません。ただ何者にもなれないままの言葉を書いていこう。そんな作品を作っていこうと思います。こんな記事を書いてどんな意味があるのか僕にはわかりません。でも本ブログはそれなりにGoogleに拾ってもらえる割合が高いので、僕が検索したワードで同じように検索した人に届いたらいいなと思います。最後にいいたいのはね

 

就活をあきらめても、どんな結末でも人生は詰まない。

生きている限り人生は詰まない。

 

僕はそう信じてます。そうじゃなきゃ、悲しすぎるじゃないですか。詰んだまま生きるのは辛すぎるじゃないですか。

 

以上思ったことでした。

 

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